プロジェクトY 伝統

今では夫となった人が学生であった頃に
風邪を拗らせてなかなか治らなかったことがございます。\r

さて、二十五年ほどの昔になりましょうか。\r

病院嫌いの彼も、このままでは良くならぬと考えて
医療にすがる決心を致しました。\r

下宿から近い医院を探すうち、かの先生のことを思い出し\r
電話帳で調べてその門をたたいたのでございます。\r

診療時間は過ぎておりましたが快く診てくださった上\
「学生だね、大変だろうからいいよ。」と笑って
お金は受け取られませんでした。\r

わたくしの父の糖尿病も随分と気にかけて下さり\
そのお姿は、大先生そのものでございました。\r
親の生きたように、人は歩むものなのでございましょうか。\r

それから結婚してわたくしは家を離れましたが\r
諸事あって、わたくしの父が無くなった折に
先生にご報告をと思い至ったのでございます。\r
電話口に出られたのは、初めてお聞きする声でございました。\r

「父は亡くなりました。」\r

お世話になったお礼を申し上げると
「父が・・・・・。」と
感じるところがおありの様子でございました。\r

跡を継いだばかりの息子に知らせたい何かがあって
わたくしを動かされたものでございましょうか。\r

いずれ人智の及ばぬこととは申せ\r
「仁」の通り道になりましたなら幸いでございます。