気持ちだけ、いただきます

 

会社は一応休みですが、役員だけ出勤するのが毎年の今日。

確認することや眼鏡の調整などがあって
二人ででかけました。

夫は革ジャンにマフラー、格子の柄のスラックスでリラックス。
気分だけでもオフにしたいっての、よくわかります。

銀行の前に停車しようとしたら、黒塗りの車が先に止まり
お仕着せではないけれど、白い手袋の男性がドアの外に立ちました。

「おっ、この混み合うときにお抱え運転手だよ」
「そうね」
「あんな風にして待っててあげようか」

すかさず返球。

「やめてくれるっ、そーゆーの、間違われるから」
行列している金融機関の店舗へ向かう背中で、笑い声が小さく響きました。

ごめんなさいよ

午後4時すぎから会社を出て、月を待ちました。

薄曇りでなかなか姿を現さない満月にじれていると
運転席側に人影が近寄ってきます。

夫は窓を開けて
「はい、なんでしょう」

道を聞かれるのはしょっちゅうですが
まさか、ね。

ここは港。

あたい達はよそ者よ。
尋ね人なら他を当たりな。

頭をかきながら話し始めた相手の言い分、いや、お願いは
バッテリーが上がってしまい、繋ぐコードを貸して欲しいという趣旨。

「・・持ってないんですよぉ」
と、これだけの返事しかできませんでした。

だって、大袈裟なお道具は全部カメラの付属品。

(ああ、工具は一切持たずに出てきちまった)
(前もって言ってくれたら、用意しておいたのに)

とっぷり暮れてからJAFがやって来たのでした。