
鏡に映った右ほほに赤い筋がある。
口元の少し上から始まって、頬に向かって斜めに刻まれた一本の細い線は
きっとパジャマの袖口かなんかの跡だろう。
まるで猫の髭だな。
しかも、ガタガタのラインは、鼠を追えなくなった間抜けな老猫だ。
猫の髭と言えば子供の頃には左側に、三本の髭よろしく傷跡があった。
最後に見たのが小学校三年生くらいで
そのときは一生消えるはずはないと考えていた。
それがいつの間にか目立たなくなり、わからなくなった。
ビルの洗面所の大きな鏡からこちらを見ているのは
年月を経て、馬鹿馬鹿しく反対側に現れた災難が日を追うごとに増えて成長し
やがては三本になって完成という次第を心配する、中年女の顔であった。
しかし。
そっと指で擦ってみると薄らぐようだ。
力を込めて、範囲を拡げるとどうだ。
五センチはあろうかと思われた髭は、すっかり跡形も無くなった。
そうだった。
今朝は頬紅のケースを落としそうになり、慌てて支えようとした爪先で
ドーム型に整形された色粉のどこかを引っ掻いたのだ。
そして、その手で髪をかきあげると・・・。
