記念日

初夏の生まれである。\r
誕生日の前日が結婚記念日で、どちらを祝うか考えるまでもなく\r
毎年宴は一度で済ます。\r

今年の結婚記念日には
母が深紅の薔薇の花束を抱えてやって来た。\r

「おめでとう!!」\r

と言った後の様子がおかしい。\r
「こんな日に言わなくちゃならないなんてね。」\r

母は娘のためにバースディケーキを予約していた。\r
ケーキを受け取り、花屋でアレンジメントができあがるのを待つ。\r

そこへ携帯電話が鳴った。\r

「おばちゃん?」\r
「母と伯父さんが・・・。」\r
この朝二人が相次いで亡くなった、と言う。\r
甥の言葉を聞くと、母の頭の芯は膨張と伸縮を繰り返した。\r

これで末子の自分一人が、残されたのだ。\r

十離れた兄と、五つ違いの姉は犬猿の仲であった。\r
それがなぜ、同じ日に逝くのか。\r
奇しくも同じ病であった、と初めて知らされた。\r

「大丈夫ですか。」\r
店員のかける声で我に返り、母は娘の所へ歩いた。\r

花束とケーキを受け取ったわたくしは
動揺している母の携帯電話の着信記録から、従兄弟に連絡を取った。\r

暮れに電話で話をしたのが最後になったこと、そのときの声。\r
伯母とのやりとりを思い出すまいとしても、涙になる。\r

彼女は自分の命を終わりを、たぶん知っていたのだ。\r

今日は盆の入り、初盆だね。\r
お帰りなさい。

手腕

父と母には、当然のことながらそれぞれ母があって
祖母の実家は父方、母方とも医師をしていたらしい。\r

江戸末期、曾祖父は貧乏医者であったのか\r
明治生まれの娘をいずれも偶然に商家に嫁がせたのである。\r

方や富山、方や四国と距離がありながら\r
後に東京で子孫同士が結婚するとは考えもしなかったはずだ。\r

『縁は異なもの味なもの』と言える。\r

小学生の頃、理科の授業で『解剖』をした。\r
カエルとフナである。\r

結構楽しかった。\r

就職してから、ある日先輩に呼ばれて行くと
「背中におできがあるので潰して欲しい」と言う。\r
見ると直径1センチほどもあって
腫れて赤くなっている中心の黄色い部分は
圧力にすぐ屈する準備ができているように思えた。\r

自信はあった。\r
だが一応は聞いてみる。\r
「いいのかしら。」\r

「やって!!」\r
椅子に腰掛けると背もたれに丁度あたる箇所らしく\r
仕事にならないと力を込めたあと
「あなたなら!!」\r

悲鳴を上げても必ず押さえつけて事を為すはずだ、と主張する。\r

そしてその通りになった。\r
今は、時々夫のニキビを始末する日々である。